68巻末のご挨拶医学系研究科 分子病態生化学 教授菊池 章私は、生化学者として生命における新規の“もの”(私にとっては、タンパク質と遺伝子)を同定し、その機能解析を行うことにより、生命の巧妙な制御のメカニズムを少しでも明らかにしようと、1980年代半ばから2000年代始めまでの時代を過ごしてきました。生命を細分化して還元論的に生命現象を説明するようにしてきたわけです。一方、1985年から開始されたゲノムプロジェクトにより、ヒト染色体を構成する全塩基配列が2003年に99%が決定されました。加えて、2000年代半ばからは核酸、タンパク質を網羅的に解析、計測できる技術、所謂オミックス技術、が急速に発達し、生命の階層ごとに全体像を眺めることが可能になってきました。すなわち、遺伝子、タンパク質、糖質、脂質、翻訳語修飾等の分子や単一細胞機能に着目する時代から、細胞、組織、器官、個体を、網羅的に大規模で可視的に、疾患や創薬と関連づけながら、より生命を俯瞰的にみる時代となり、2000年以降の私自身の研究スタイルも変化してきました。私が若手研究者の時に教えられていた「生物学はSmall Scienceである」から「生物学はBig Scienceにもなりえる」時代へと変わってきました。実験物理学に比較すれば、生物学は予算をかけずとも、巨大な実験設備を要しなくても、生命全体に波及する知見を見出せるとされていました。確かに2000年頃までの生物学、生命科学、医学はその通りであり、一点突破の全面展開が可能であり、それが評価されていたように思います。勿論、今の時代も分子に着目する研究スタイルの重要性は変わりません。しかし、年齢的に2000年以降に研究に参画されてきた方が大半を占める生命医学融合フロンティア研究拠点の若手研究者の方には、私達シニア世代の研究者とは異なる視点での生命に対する考え方や向き合い方も求められます。いつの時代も、社会の変革が新たな時代の人を作り、その人達が新しい社会を形成します。その意味において、若い次世代研究者の方々がこれからの社会の担い手になることは間違いありません。社会の仕組みや人々の考え方が大きく変わり、爆発的な技術革新がある現代において、柔軟な頭脳と強い意志をもって新しい研究に挑戦してください。皆様方の活躍を楽しみにしています。
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